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~第十話②~ ウサギ小屋のふたり

Author: 倉橋
last update Last Updated: 2025-08-05 20:51:56

 悠馬がウサギ小屋に着いたとき、飛鳥は、制服のブラウスとスカートの上からビニール製の分厚いコートを着て、ウサギ小屋の掃除のまっ最中だった。悠馬もすぐに制服のブレザーを脱ぎ、隣接されたロッカーからビニールコートを取り出した。

 このコートは、体操服の上から着る方が作業には便利なのだが、一々着替えるのが面倒なので制服の上から着ていたのである。

 飛鳥は飼育委員。飼育委員の主な仕事は、ウサギ小屋の管理。飼育しているウサギは、生物の授業で使われるほか、幼稚園や保育園、小学校へ貸し出したり、学園祭で子ども向けの催し物の主役となった。毎日の放課後、飼育委員が交代でウサギ小屋の清掃、エサや水の交換を行う。今日は一年特進クラスの担当だった。

 悠馬がウサギ小屋に入ると、五羽のウサギが悠馬の足元にまとわりついてきた。悠馬はウサギたちの人気者のようである。

「いつも御免ね。手伝ってもらって」

「大丈夫だって。ふたりなら早く終わるし……」

 悠馬は恥ずかしそうに横を向いた。小柄で大人しそうな表情。クラス委員としての威厳なんて百パーセントない。だいたいクラス委員というのは、言葉を裏返せば「クラスの雑用係」である。

「クラス委員って大変でしょう」

「別に……」

 そう答えて首を左右に振ったが、説得力なんて百パーセントない。

「クラス委員、何してる!」

「クラス委員! 早くしろよ」

「おーい、クラス委員!」

 クラスルームにいるとき、あちこちから悠馬を呼ぶ声が聞こえるのを、飛鳥はいつも悲しい顏で聞いていた。

「本当は私がやるはずだったのに……」

 
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